孤高の凡人

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孤高の凡人

On the Road

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まだ実家で消耗してるの?

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写真提供 https://www.facebook.com/takuya.tomiyoshi

 

 

私は18歳で一人暮らしを始め、五回引っ越しを経験した。

今から思えばよくそんな所に住んでいたなと思うのだが、実家暮らしが最強とかほざきたる若者に「一人暮らしも面白いかもな」と少しでも参考にして頂けたら、私の人生も無駄ではなかったと思える、報われるので、聞いてね。

一つ目は、家賃35000円の普通の小汚いアパートであった。

部屋は6畳が二部屋あり、キッチンが別という快適な空間であった。しかしその風呂の狭さたるや、悪い意味で規格外であり、体育座りをせねば身体を暖める事が出来なかった。それから隣人が『筋肉少女帯』のCDを爆音で流すため、睡眠不足を余儀なくされた。

二つ目は、家賃7500円の元学生寮であった。

4畳半一間の空間は布団とCDとCDコンポしか持っていない私にとって十分であった。昨今、ミニマリストなんつーのが流行っているが、やっと時代が私に追いついたなと感じている。

この部屋には風呂、トイレ、キッチン、洗濯機がなかった。

私の部屋の横に住人が共同で使用する風呂、トイレがあり、廊下のどんつきに共同で使用するキッチン、小銭を入れるシステムの洗濯機があった。

風呂に入っていると、知らないおっさんが入ってきたり、洗濯物に知らないおっさんの靴下が混ざっていたりと、今から思えばエキサイティングな住処であった。

夜中になると向かいの部屋のおっさんが勝手に私の部屋に入って来て、姿見の前でシャドーボクシングをして、私の煙草を吸って帰っていくという生活を1年ほど続けた。

3つ目は、家賃18000円の古いお家であった。

8畳ぐらいの部屋が4つ繋がっており、何故か襖が全て取り払われいた為、4畳半で生活できる私は32畳ぐらいのスペースの端っこで過ごした。この頃からギターを始めた私は、その広さ故のコンサートホールのようなサラウンド感の中で練習をした。

この家にはオプションで30台ぐらい停められる駐車場と、大きな蔵と、仏壇が付いてきた。

車は毎日ドリフトで駐車して、仕事が休みの日には蔵の中を探検して、毎日仏壇の水を替えて過ごした。

ここのお風呂は長い廊下を渡った先に増設されており、よく言えば露天風呂、悪く言えば、ただの野外であった。野外の為、冬は裸で凍えながら廊下を渡り、夏は虫の猛攻を受けた。

はじめてこの風呂に入った時、長年窓が開けっ放しにされていたのか、風呂の中に大きな蜂の巣があり、彼らのテリトリーの中に裸一貫で突入した私はその凶悪な蜂達と文字どおり死闘を繰り広げた。洗面器と熱湯とビオレを武器に。

トイレは当然ボットン式であった。私の排泄物に群がる蛆を目視できた。最初は嫌だったけど、だんだん私は彼らにペットのような感情が芽生え、ずっと共存していた。トイレに行くたびに成長する彼らはやがて羽ばたきだした。トイレのドアを開けると無数の蝿が飛び交う中、ズボンを脱いで用を足したのだが、ズボンを履く際にどうやっても蝿を三匹ほど一緒に履いてしまうのであった。慣れとは恐いもので、そのまま一緒に仕事に行った事もある。

4つ目は、家賃15000円のこれまた古いお家。

この家にはオプションで畑と、仏壇が付いてきた。今から考えればおかしいが、何故か私はずっと知らない人の仏壇の水を替え続けていた。

畑はお隣のお家と繋がっており、お隣のおっさんが野菜を育てていたので、それを頂いたりした。しかし、繋がっているのをいい事に、おっさんは無断で私の家に入ってきた。2時間ほど世間話をして帰るのだが、たまに大量のカップラーメンをくれるので、仕方なく私は毎回おっさんの話を1年ほど機械的に聞いていた。

 

最後の家は現在の嫁と住み始めた家である。

誰かと住むというのは、広さ、快適さを考慮する必要があるので、私が過去に住んでいた家のようなエキサイティングな出来事は起こりにくい。

なので、若い男の子は実家には寄生せずに、帰省だけにして、エキサイティングな一人暮らしを存分に楽しんでほしいと私は思っています。

 

そして結婚すると、嫁がそれ以上にエキサイティングに変化する為、それも是非、経験してほしいなぁと思う次第で御座います。

 

ご静聴有難う御座いました。

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