孤高の凡人

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孤高の凡人

On the Road

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人は『におい』でパートナーを決めている

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『におい』というものは不思議なものである。

我々人間は様々な『におい』を意識、無意識に関わらず、放っている。

例えば屁であるが、他人の放屁を顔面にくらうと、その悪意の塊のような『におい』に鼻がもげ、意識を失って、曙のように倒れてしまう。例えそれがナタリーポートマンの屁であってもだ。

しかし同じ屁にも関わらず、己の屁をその手に掴み取り、鼻の前で小指から順に開いて嗅いでみると、おや、それほど臭くない。いや、正確には臭いのだが、なんだか癖になってやめられない。それを続けていると、むしろいい匂いに思えてくるから不思議である。

同じ事がうんこでも言える。他人が排泄を完了したトイレに即座に入室すると、立ち込める圧倒的な他者のテリトリー感に呼吸困難に陥り、そのまま土間のコンクリートにキスをしてしまう。

しかし己のうんこの場合、他者のうんこより圧倒的に近距離であるにも関わらず、さほど臭くない。それどころかその容姿、ころんとしたり、どぉるんとしたり様々なその容姿に愛着さえ湧いてしまう。

これは動物でいうところの『マーキング』即ち、「これは僕のだよ。さわったり、パクったりしたらダメだよ。」や「ここは僕の場所だよ。入ったり、踊ったりしたらダメだよ。」という意味合いが込められており、本能的に自身の『におい』に対して敵意を抱かないようなシステムになっているからである。

このシステムがなければ、毎朝トイレに行くという生理現象が嫌で嫌で仕方がなく、故に自身を嫌いになってしまい、こんなくさい僕は生きてる価値が無い、と鬱病になり、首を吊ったり、手首を切ったりして、死んでしまう。

そんなことになれば、人間は自身の屁とうんこによって滅びたという笑い話が、宇宙ゴミと一緒に永遠に銀河を彷徨うだろう。

しかし安心してほしい、この他者の『におい』は臭いものばかりではない。それどころか、その『におい』はパートナーを選ぶ上で最も重要なポイントとなる。

例えば、女性から放たれる『におい』それはシャンプーであったり、リンス、コンディショナーであったり、ハミング、フレア、アロマリッチかもしれない。

しかし無垢、何も使用していないにも関わらず、いい『におい』がする女性がいる。

これを我々は『フェロモン』と呼ぶ。

フェロモンは我々の動物的な本能に深く関係しており、例えば私がいい『におい』だなぁと思った女性は、他の男性にとってはゴミ収集車に勝る悪臭を放っている可能性がある。

この、私がいい『におい』だなぁと感じた女性は、私から血が遠い人であり、これは、人間はなるべく色んな人と仲良くして、抱き合って、混ざりあって、全員で一丸となって、ラブ&ピースを目指せよ。という神の初期設定に基づいている。

世のお父さん達は、お年頃の娘さんに「くっさ、死ねよこのド底辺」と言われても、それは本能的に近親相姦を避けるためであり、実際ににあなたが悪臭の塊というわけではないので、安心してして頂きたい。

と、いうわけであなた方は異性、或いは同性の『におい』をくんかくんかして、界面活性剤や、柔軟剤という嘘偽りを乗り越えて、いい『におい』がするパートナーを見事、発見してほしい。そう切に願っている。

 

 

長々とお話し致しましたが、以上をもちまして、私が嫁のパンツとブラジャー、そして嫁のパジャマを着て寝ていることの最たる理由とさせて頂きます。

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