孤高の凡人

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On the Road

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ミルクな君とビターな私

高所作業車を目一杯まで伸ばす。かつて田圃が広がっていた景色は一変していて、ミニチュアモードで撮影したプラモデルのような建売住宅が窮屈そうに並んでいる。

ここは19歳の私がいた街。

その街に今日、仕事でやって来た31歳の私の目に飛び込んできた風景は、かつての記憶をフラッシュバックさせるにはあまりにも不十分だった。

少し早い時間に仕事が終わり、リースした高所作業車を返却。

いつものライトなバンに乗り換えた私は、帰り道に19歳の私がママチャリを立ち漕ぎして疾走した道をなぞることにした。

見覚えのある交差点、イタリアンのレストラン、無人駅の裏一面に広がる田圃の中に不自然に置かれた子供の玩具のような赤い屋根の安アパートは、建売住宅のサイディングウォールに囲まれて、まるでチェックメイトされたキングのようにまだそこに存在していた。

錆びたドア、その横で蝉の声に負けじと体を震わせる二層式洗濯機。

かつての私の部屋だった102号室はまったく変わらない姿でそこにあった。

19歳の私はこのドアを足で開け、はじめてのバイトのはじめての給料で購入したカゴがひしゃげたママチャリに跨がって、学校へ行ったり、スーパーマーケットに行ったり、煙草屋に行ったりと、その孤独をガラムの甘い香りで誤魔化しながら、まるで何かから逃げるようにペダルを踏んだ。

懸賞で当てた、ボロボロのCDウォークマン。ママチャリで田圃の畦道を走る度に音が飛ぶそのCDウォークマンをタオルで二重に包み、ひしゃげたカゴからニョロリと伸びたひしゃげたイヤホンからは、the crashのwhite riotが流れていた。

 

ほわーらいあわならい、ほわーらいあらいおまおん。そう呟きながら見覚えのある自動販売機の前で車を停める。

蜘蛛の巣に小さな虫がたくさん付いた、当たり付きの自動販売機。いつもここで甘い缶コーヒーを買って、味も分からずに飲み干していたのを思い出す。

セメントの粉でパサパサした作業着の後ろポケットから財布を出し、あの時より20円多く小銭を入れて、今はもう飲まなくなった甘い缶コーヒーのボタンを押した。 

あったりー!

あの時、何度挑戦しても聞く事が出来なかったはじめての当たりに、どうしていいのか分からず適当にボタンを押してしまった。

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甘い缶コーヒーと、微糖の缶コーヒー。

愛想笑いという自傷行為で、深く刻まれたほうれい線。そのほうれい線に挟まれたへの字の口で甘い缶コーヒーを飲む。

19歳の君は、この白い外壁が並ぶ景色と、白い心を失った私に、暴動を起こしたくなるかも知れないな。

そんな事を考えながら微糖の缶コーヒーを飲む。 

甘くて苦い夏。

土から出てこれなかった蝉。

 

大分麦焼酎、二階堂。

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