孤高の凡人

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孤高の凡人

悪魔も憐む雑記

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嫁のシャウト

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あのさ、帰ってきても一言も喋らんと、毎日毎日パソコンで一体何をやっとんねん。娘の音読もろくに聞かんとやかましい暗い音楽ばっかり聴きやがって、こっちまで暗なるわ。叩き壊すぞそのスピーカー。パンク?ロック?いつまで言うてんねん、そんなもんモラトリアム期間で済ませてこいよ、最後に履いたドクターマーチンに突っ込んで捨てるべきものだろ。死んだんだよ。ロックは。死んだんだよ。きみは。台所の雪平鍋の取れかけた取手を、器用に修理した時にきみのアイデンティティは砕けて散ったんだよ。排水溝にネギと豆腐の欠片と共に、流れていったんだよ。いつまでしがみついとんねん。豆腐かお前は。ほんでなんや、ぴこぴこぴこぴこ、何をしとんねん。ブログか、見たわ。嘘ばっかりつきやがって、吉田羊さんにアピったことは今、ここで、今、すぐ、あたしたちに対してやるべきことちゃうのか。書いてる暇があれば、そこに落ちてるご飯粒のひとつでも拾って食えよ。ほら食えよ。人のコンテンツ見たり、人の感情に引っ張られて、ブレてんじゃねぇよ。きみはいつもそうだ、自分がない。あらゆる相手に合わせて演技する道化だ、大庭葉蔵か。まさに人間失格やんけ。あのな、言うたるわ。きみという存在はどこにもないぞ。虚無や。ニヒリズムなんてかっこいいもんちゃうぞ、靴下に空いた穴から見える伸びた爪と肉の間に挟まった、なんかようわからん臭いやつや。そんなカスみたいな虚無や。褒めて欲しいか、愛してほしいか、抱きしめて欲しいか。そのRetinaですらないディスプレイに何を求めてんねん。その向こう側には誰もおらん、わかるか。虚像や。ワンダと虚像や。山のように動く、寂しい寂しい巨像や。それは人間とちゃう、テリヤキバーガーの包装紙に残ったレタスや。包まれ捨てられるレタスや。きみはそのレタスおいしいおいしい言うて食うんか、ええわ、食うたらええわ。よお似合とるわ。あのな、やるな言うてんのちゃうねん、バランス考えろ言うてんねん。きみはすぐ夢中になって盲目的にのめり込んで出られんようになる。ほんまめんどくさい、その度に沼から引っ張りだすこっちの身にもなれや。書いたらええよ、絵も、文章も。釣りも音楽も好きにやったらええわ。せやけど忘れんな、両輪がうまいこと回らんと真っ直ぐ進まへんという事を忘れんな。感情と技術の両輪が。知恵と知識の両輪が。あたしとあなたの両輪が。

わかったか、よし、お風呂入ってこい。出てきたらアイス買ってあるから食べようね。

空は暗い、僕はクライ

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  このところ、台風に始まり雨天が続いており、仕事が捗らないことこの上ない。私は建設業で働いており、建設業といえば、コンビニエンスストアに脚立を積んだ軽バン、或いはセンスの欠落したビカビカのホイールを履いたハイエースで乗り付けて、ジョージア微糖とマルボロアイスブラスト、ファミチキ或いはLチキを店員さんにタメ口で指示、はよもってこい、はよもってこい、俺のファミチキはよもってこいと急かし、それらの入ったビニール袋をブンブン振り回しながら車に乗り込んで、ウィンドウのレバーをぐっるぐる回し、窓から汚いカーゴパンツから生えたクロックスのバッタモンを放り出して、くっちゃらくっちゃらファミチキを貪り食い、マルボロをふかし、ジョージアをがぶがぶ飲み、エグザイルとか、その下請け的な三代目のやつをガンガン流して、周囲の善良な市民に散々迷惑をかけるような下の下、最底辺のゴミカスであるが、そんな我々ゲノゲの鬼太郎たちも、日々、ビクビクしているものがあり、それは何かと説明すると、雨。雨なのである。

  建設業の半数程は外で仕事をする業種であり、外で仕事をする以上、雨が降っていては仕事にならない場合が多く、折角しごいたモルタルや、折角塗った塗料が流れて、真っ白になった地面を見つめながら、あゝ茫洋と中原中也みたいな事を呟いてしまうから、やはり雨は堪忍してほしいのである。

  この時期になるとゲリラ豪雨やゴリラゲイ雨が多発して、予測不能のタイミングで慈悲の欠片もないような雨が降る為、建設業の人々は休憩の度に、ウェザーニューズやYahoo天気予報の雨雲レーダーをチェケラしたり、スティーブジョブズが見たら絶叫して死んでしまうようなダサいケースに入ったパズドラ以外に使い方の分からないiPhone6プラスをぽちぽち設定して、雨が降る前に知らせてくれるアプリをダウンロードしたりと、それぞれ工夫に余念がない。

  しかしそんな付け焼き刃で対抗できるほど自然のエモさは単純ではなく、やはり雨は予測不能、これが10年間かけて出した私の結論なのである。

  雨が降れば現場作業は中止せざるを得ない、作業を中止するという事は、先延ばしになるということであり、これが蓄積すると、現場が完了しないまま次の現場が始まるという、地獄が始まるのだ。ヘルが始まるのだ。ヘルメットを被るのだ。

  次々と現場が重なると当然作業員が足りなくなり、作業員が足りなくても、当然現場は施工しなければならない。じゃあどうなるかと言うと、我々番頭が現場へ出て、作業をしなければならない。

  というわけで、ここのところ私は現場で作業をしているのであるが、普段から体を動かしていない為、ヘトヘトになり、筋肉に乳酸的なやつが溜まって、繊維が破壊されたりして、なんだかもう産まれたてのスマトラカモシカのようになりながら帰宅して、泥のように眠るという日々が続いている。

  本日も、ヘラヘラになりながら帰宅。ポケットからジャラジャラと鍵を取り出し、玄関を開けると、リビングで椅子に座る妻の姿が見えた。

  ただ座っているだけではなく、背筋をピンと伸ばし、両足の膝を付けてシュッと座っている。

  怒られる。私はそう思った。しかし何がいけなかったのだろう、心当たりはないと言えばないし、あると言えば、めっちゃある。

  妻の財布から一万円札を軽やかに抜き取り、ライブイベントに出かけた事だろうか、それともはてなブログをプロ版にした時に発生した代金を、googleアドセンスが振り込まれたら返すと言っておきながら、振り込まれた瞬間下ろして、ルアーを購入したことだろうか、或いは娘の玩具を主観的にトキメく、トキメかないで仕分け、トキメかない物を勝手に土嚢袋に詰め込んで捨てていることがバレたのか。

  他にも少し考えれば、芋づる式に出てくる数々の犯行であるが、私のアリバイ工作や、証拠隠滅スキルは、8年という結婚生活の中で、妻のボディと反比例してカルチベートされているはずなので、おそらくこれらの犯行はバレてない。

  だとしたら、なぜ妻はこのように椅子に座り、シュッとしているのか。私が恐る恐る質問したところ、どうやら先ほどテレビジョンで放送されていた熊田曜子さんのダイエット法であるらしく、座る際に常にこのシュッとした感じをキープすることによって、やがてボディもシュッとなり、熊田曜子さんみたいなボンキュボンになることが可能であるらしい。

  素晴らしいなぁ、私の犯行に気がつかないばかりか、ダイエットまで試みて、熊田曜子さんになろうとしている妻。アイラビュ、出会えて良かった、私も心を入れ替える、これからは財布のおぜぜを盗んだり、色彩的に自身の好みに沿わないという理由から、娘の大切にしているプリキュアグッズを勝手に捨てるといったようなことはもうやめて、真っ当に生きていく。それを伝えようと妻の椅子に近づいたところ、いきなり妻がバッと立ち上がり、「もう無理!足痛い!」と言い放ち、座布団を二枚並べ、洗濯物のバスタオルを重ねたものを枕に見立て、上方落語を見始め、ケラケラと笑いだした。

  その姿は熊田曜子などではなく、熊のようであった。

  私は机に置いてあったプリキュアカードを一枚手にとって、それをゴミ箱へ捨てた。

吉田羊さんのヒモになりたい

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世間では己の承認欲、物欲、その他あらゆる煩悩を満たす為に産まれたばかりのやや子を保育所に預け、働きに出る母親が多い。無理して買った黒いベルファイアに乗って、テロテロの湯葉みたいな機能美の欠片もない高級ブランドのカーディガンにベーコンみたいな体をねじ込んで、そのギャグみたいなドヤ顔をSNSに投稿してくるような母親が溢れていて、とてもハ短調な気持ちになっている。

基本的に私は、できるならば妻は家にいて釜で飯を炊いたり、畳を乾拭きするなどしながら、子育てというものに専念して欲しいという若干古臭い考えを持っている。だけど私は高卒の芸術家崩れの落ちこぼれ。更に現在は建設業という下の下。そんなボトムノッカーが上記のように自身のおぜぜのみで家族を養っていくには、人を騙し、蹴落とし、その屍の上でタップダンスを披露するぐらいのメンタルが必要であるのだが、やさしいやさしいイエスマンの私にそんな鬼畜のような所業が出来るわけもなく、じゃあどうしているのかと言うと、生活費を切り詰めるしかないわけで、最近は丸亀製麺で一杯のかけうどんを家族三人で分け合い、小さな幸せを山椒の実と一緒に噛み締めるといった質素な生活をおくっている。

しかし人間はやはり愚かな生き物で、そのように古風を気取って頑張るフリをしたところで、やりたくないことはやりたくない。好きな事だけをして、一生遊んで暮らしたい。働きたくない。働きたくない。働きたくない。働きたくない。だって元来、私は歌とかお花とかが大好きなのです、そんなかわいいボーイが建設業という学歴だけで全くロジカルな会話が出来ない元請けゼネコン監督や、擬音語だらけでもはや何を話しているのか分からない下請け作業員と打合せをしたり、暑い夏に屋上で、寒い冬に屋上で、溶剤やモルタルにまみれながら地べたを這ったりしなければならず、ヤダモンの骨頂。

私は考えた。目から血が出るぐらい考えた。そして思いついた。ブログでお金を稼ぐ事を諦めた今、定職に就かず、私が私らしく快活に生きていく為に残された手段はたった一つしかない。

それは『ヒモになる』というである。

しかしヒモになると言っても、妻が働いてしまうと本末転倒だし、他の女性のヒモでなくてはならない。ただお金をたくさん持っているとか、それだけではしんどい。いくらお金持ちでも、顔面がキュビスムみたいな女性は、しんどい。恥をしのんで正直に申し上げると、私は『吉田羊さんのヒモになりたい』のである。

我儘を言ってる事は承知の上である。しかしそれは私自身の『ヒモ力』を考慮した上で言わせて頂いているので、ご理解下さい。

さて、『吉田羊さんのヒモになりたい』という夢を持った私が、今何をするべきかと言うと、それは吉田羊さんにアピールする、ただこの一点であり、以下は私が私自身の『ヒモ力』をただひたすら吉田羊さんにアピールするだけの内容となるので、吉田羊さん以外の方は、申し訳有りませんが、ここでお帰り下さい。ゲラウっ!

 

では吉田羊さん、私があなたにまず言いたい事は私は絵が描けるという事です。そうです。絵を描いてあげます。受験こそ失敗しましたが、一生懸命画塾へ通い、積み上げた技術は、きっとあなたに絵を描いてあげる為だったのでしょう。似顔絵、風景、カタツムリ、お花の絵、何でも構いません。あなたが撮影などで、疲れて帰ってきても、私が昼間に描いた美しい絵があなたを癒すことでしょう。

次に、吉田羊さん、私は音楽を演奏します。ギター、ブルースハープを演奏します。基本的にバンドというスタイルで演奏したことはありませんが、ジャムセッションで培ったグルーヴ、話の合う友達がいないことから始めた宅録一人多重録音。これらの経験を生かして、あなたの為だけの音楽を聴いて頂くことが可能です。

そうだ、吉田羊さん、自然はお好きでしょうか。自然は疲れた精神を癒してくれます。釣りに行きましょう。餌釣り、疑似餌、毛針、様々な手法を会得して、道具もございます。ある時は激しいスポーツのように、ある時は静かに瞑想するように、あなたのその時の感情に合わせて、最も適した釣りをチョイスしてあげます。

吉田羊さん、座りにくそうですね、その椅子は高さが合っていないのではありませんか?任せて下さい。私は過去、家具職人として腕をブンブンに唸らせておりました。あつらえましょう、棚も、テーブルも、椅子も、全てあなたにドンピシャの寸法で作り直しましょう。お値段以上とは私のことです。

嗚呼っ!吉田羊さん!リビングが雨漏れをしています!でも心配はいりません。私は建設業で働いています。あの漆黒の闇のような時期も、あなたのヒモになる為だと考えると合点がいきました。業者?必要ありません。私は職人の経験を経た現場監督です。時間さえあれば一人で改修工事(書類込み)を終わらせる事が可能なパーフェクト土方です。そうだ所持資格をご覧ください。

技能講習

ウインチ巻上げ機、ゴンドラ取扱、玉掛け1t以上、研削砥石、高所作業車10m以上、職長・安全衛生責任者、特定化学物質・四アルキル鉛等作業主任者、有機溶剤作業主任者

資格

単一等級樹脂接着剤注入施工技能士、一級防水施工技能士(ウレタンゴム系塗膜)、一級防水施工技能士(シーリング)、建築診断仕上技術者(ビルディングドクター〈非構造〉)、コンクリート構造物背筋探査技術者、連続繊維施工管理士

どうですか吉田羊さん、あなたの住まいをたった一人で守り抜くソルジャーだとは思いませんか。

そうそう、吉田羊さん、私の維持費の話ですが、基本的に風呂が嫌いなので、光熱費も節約が可能です。酒も女もギャンブルもやらない人畜無害なお花好きだし、更に少食なので、わずかなじゃがりこを与えておけば、文句一つ言わずに懸命に『ヒモ』を全うします。ジャンガリアンハムスターを飼うような感覚で、家に置いて頂けると、なんとなく好きな事をしながら、あなたを楽しませる事が出来ると思うのですが、いかがでしょうか。

最後に吉田羊さん、上記雄弁に自分語りをして参りましたが、私は人見知りのコミュ障なので、気配をまるで空気のように消す事が可能です。万が一、吉田鋼太郎さんが家にいたりしても、こちらヒモサイドとしては何の問題もありません。

以上です、吉田羊さん。ひとつもデメリットがないと思います。ご検討下さい。

ミルクな君とビターな私

高所作業車を目一杯まで伸ばす。かつて田圃が広がっていた景色は一変していて、ミニチュアモードで撮影したプラモデルのような建売住宅が窮屈そうに並んでいる。

ここは19歳の私がいた街。

その街に今日、仕事でやって来た31歳の私の目に飛び込んできた風景は、かつての記憶をフラッシュバックさせるにはあまりにも不十分だった。

少し早い時間に仕事が終わり、リースした高所作業車を返却。

いつものライトなバンに乗り換えた私は、帰り道に19歳の私がママチャリを立ち漕ぎして疾走した道をなぞることにした。

見覚えのある交差点、イタリアンのレストラン、無人駅の裏一面に広がる田圃の中に不自然に置かれた子供の玩具のような赤い屋根の安アパートは、建売住宅のサイディングウォールに囲まれて、まるでチェックメイトされたキングのようにまだそこに存在していた。

錆びたドア、その横で蝉の声に負けじと体を震わせる二層式洗濯機。

かつての私の部屋だった102号室はまったく変わらない姿でそこにあった。

19歳の私はこのドアを足で開け、はじめてのバイトのはじめての給料で購入したカゴがひしゃげたママチャリに跨がって、学校へ行ったり、スーパーマーケットに行ったり、煙草屋に行ったりと、その孤独をガラムの甘い香りで誤魔化しながら、まるで何かから逃げるようにペダルを踏んだ。

懸賞で当てた、ボロボロのCDウォークマン。ママチャリで田圃の畦道を走る度に音が飛ぶそのCDウォークマンをタオルで二重に包み、ひしゃげたカゴからニョロリと伸びたひしゃげたイヤホンからは、the crashのwhite riotが流れていた。

 

ほわーらいあわならい、ほわーらいあらいおまおん。そう呟きながら見覚えのある自動販売機の前で車を停める。

蜘蛛の巣に小さな虫がたくさん付いた、当たり付きの自動販売機。いつもここで甘い缶コーヒーを買って、味も分からずに飲み干していたのを思い出す。

セメントの粉でパサパサした作業着の後ろポケットから財布を出し、あの時より20円多く小銭を入れて、今はもう飲まなくなった甘い缶コーヒーのボタンを押した。 

あったりー!

あの時、何度挑戦しても聞く事が出来なかったはじめての当たりに、どうしていいのか分からず適当にボタンを押してしまった。

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甘い缶コーヒーと、微糖の缶コーヒー。

愛想笑いという自傷行為で、深く刻まれたほうれい線。そのほうれい線に挟まれたへの字の口で甘い缶コーヒーを飲む。

19歳の君は、この白い外壁が並ぶ景色と、白い心を失った私に、暴動を起こしたくなるかも知れないな。

そんな事を考えながら微糖の缶コーヒーを飲む。 

甘くて苦い夏。

土から出てこれなかった蝉。

 

大分麦焼酎、二階堂。

僕とミケランジェロ

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囃子がひゃらひゃらと聴こえる中、僕は母のスカートの裾を引っ張って泣いていた。

出店の安っぽい黄色の看板にはひらがなで『みどりがめ』と書かれていて、僕はそのみどりがめが欲しくて欲しくてたまらなかった。

しかし僕はみどりがめを手に入れる事ができなかった。

僕には甲斐性という部位が欠落していて、過去、懇願して買ってもらった金魚、メダカ、ジャンガリアンハムスターたちは手に入れたら終いの僕に向かって当てつけのように自害、カニバリズムするなどして死んだのだ。そのような前科者の僕にみどりがめを与える事は、教育的にもいいくないし、何よりみどりがめが可哀想だ。という母の言い分を聞き入れずに泣きながら引きずられ、帰路に着いたのを覚えている。

それでも僕は、みどりがめが欲しくて欲しくて仕方なかった。

僕がみどりがめを欲しかった理由は、近所に住んでいた2歳上の池田くんが、みどりがめを飼っていたからであり、それがすごくかわいかったからだ。

池田くんのみどりがめは、2匹いて、それぞれレオナルド、ラファエロと名付けられていた。

それはその頃僕らが熱中していた『ミュータントタートルズ』というアニメから著作権無視で勝手に引用した名前だった。僕はもし、みどりがめを飼うことができたならば、絶対にミケランジェロという名前にしようと心に決めていたのだけれど、それは叶わなかった。

それからは途方に暮れる毎日だった。

僕の心はすっかりミュートしてしまった。

僕はプラスチック製のお腹の四角い部分からピザが発射される、ミュータントタートルズのミケランジェロのおもちゃで生き残ったジャンガリアンハムスターを撃つ毎日を過ごしていた。

手に入れたいものが手に入らない子供の、執着心という名のピザの弾丸を浴び続たジャンガリアンハムスターは、きゅうっと鳴いた。

ある日、心がバグった孫の狂気を見兼ねたおじいちゃんは、おおきな網を持って僕にこう言った。

 

「亀を捕まえてくる」

 

僕は待った。セリヌンティウスよりも待った。いよいよ僕は池田くんのように、かわいいみどりがめを手に入れて、粒状の餌を与えたりして愛でることが出来るのだと。ミケランジェロがついに僕の家にやってくるのだと。ハイになった僕はフルチンで部屋を走り回り、クッピーラムネの包み紙を丁寧に剥いて、それをキメた。

夕刻、おじいちゃんは戻った。

西日に照らされ、右手におおきな網を、左手におおきな籠を持ったその姿は復活したイエスキリストに酷似していて、僕は思わず「主よ」って言ったのを覚えている。

 

「亀を捕まえてきたぞ」

 

そう言ったおじいちゃんは、僕に籠を向けた。

そこには体長およそ8寸、未だかつて見たことがないような大きさのドドメ色の亀が入っていた。

 

 

 

 

 

 

いらんかった。

 

 

 

 

 

 

でも僕はせっかく捕まえてきてくれたおじいちゃんにこんなでっかくて、気持ちの悪い、ドブのゴミみたいな亀はいらん、と言えなかったのだ。僕の思っていたミケランジェロは、こんなアフリカゾウの糞のような姿をしていない、と言えなかったのだ。

 

それから、僕とミケランジェロの長い長い夏休みが始まった。

 

(つづかない)

 

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