二人のラプソディー
写真提供 https://www.facebook.com/kizashi.ikeda
駅や高速道路の休憩地点、その他不特定多数が共同で使用するトイレがある。
男子便所には大と小2種類の形ものが羅列されており、人はそれを並んで使用する。
この時、雄のDNAに基づく意地の張り合いが発生する。
小の勝負は一瞬で片がつく。隣のち○こを見て優劣を競うだけなので、自信のないものはやや前方へ進み、私はおしっこが飛び散らないような配慮が出来る紳士なんだよ。という言い訳を盾にしておけば良いだろう。
しかし問題は大である。
並んだ個室、各々がそこにインして用を足すのだが、個室に入る前から勝負は始まっている。
鍵の掛かっているドアに対して必要以上のノック、執拗なノックで威嚇する。
隣が空いているにも関わらずだ。
威嚇が終われば、咳払い。これは普段より1オクターブ低い声で、大音量で放たれる。
メンタルの弱いものはこの時点で萎縮していまい、極力音がしないように用を足し、手も洗わずに静かにその場を立ち去る。
私は過去何度もこのような理不尽な暴力を受け、泣きながら用を足した事は鳥取砂丘の砂の数より多い。
しかしこのように威嚇してくるような男を許してはいけない。
ますますツケ上がり、調子に乗るだけである。
今期より私は、トイレで売られた猛々しい雄の勝負は必ず受けて立つようにしたのだ。
これは、先日私が仕事で遠方へ行った時の高速道路の休憩地点のトイレでの話である。
満員というほどではないがそこそこ混み合っているトイレ、私は大がしたくて個室に入った。
私が便座に座った瞬間、ノックの音。
来た。
一回目は無視して相手の出方を伺う。
再びノック。
激しい感じではなかったが、私は行動を開始した。
ノックの後、拳を握りしめてドアを殴る。3回は殴る。
中にヤバイ奴がいると認識させる必要がある。
すると相手は諦めて、隣の個室に入る。
この時点で私の優勢。
そして個室に入ってしまえばここからは完全に『音』だけの世界。聴覚だけの弱肉強食の世界が始まる。
まず相手がズボンのチャック下ろして、便座に座った事を確認、その瞬間ティンパニのような大音量の屁のイントロで始まる大便のエチュードを演奏する。
相手はすでに萎縮しているのだろう、ちょろちょろと尿をしている。
ここで第一の矢を放つ。
レバーを捻り一回流すのだ。
そうする事によって、相手に一時的な安心感を与える。
ヤバイ奴が退出するのだと。
相手がホッとした瞬間、再びティンパニーが鳴り響く。
狂想曲が始まるのだ。
この時、落胆する相手の表情はさぞかし愉快であろう。
相手の音を感じ取り、まだ退出する気配がないので第二の矢を放つ。
トイレットペーパーをくるくるして、ちぎる。
再度、相手は安心感に包まれる。
今度こそ、ヤバイ奴が退出するのだと。
そして思いっきり鼻をかむのである。
この時、落胆する相手の表情はさぞかし愉快であろう。
最後に第三の矢を放つ。
先ほど鼻をかむ為に多めに取っておいたトイレットペーパー、これを使用する。
そして絶対に音がしないように気づかれないようにケツを吹き上げる。
おもむろに立ち上がり、大げさにズボンを履く。
相手は私がケツを拭かずにズボンを履いたと思っているだろう。
まだ退出していけない。
敗者が勝者を気にしながらドアを開け、出て行くまでは。
勝者にはその優越感を存分に味わう権利がある。
ドアが開く音がする。
もう相手に戦意は無く、静かに歩く音が聞こえる。
手を洗う音が聞こえた瞬間、威嚇するようにドアを飛び出した。
そこには小さな男の子が半泣きで手を洗っていた。
私はその隣で心臓もろとも取り出した『心』をじゃぶじゃぶと洗った。
じゃぶじゃぶと洗った。