孤高の凡人

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孤高の凡人

On the Road

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子供の目線で

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子供と遊ぶ時は、子供の目線になって遊ばないといけない。

世の中のほとんどの父親はこれが出来ていない。

だから駄目なのである。

しっかりと子供の目線になって遊んでやらぬから、子供がグレて、修学旅行先で他の学校の生徒にいちゃもんをつけ、揉め事に発展したり、文房具店で『ドラゴンクエストバトル鉛筆』通称バト鉛を万引きしたりと、非行にはしり、親をバタフライナイフで刺したりするような事件が起きてしまうのである。

例えば、休みの日に子供に公園に行きたい懇願され、折角モンストでええ感じになってきたところなのにと呟きながら、よっこらしょいとその新陳代謝がうまいこといってない身体を持ち上げる。妻の自転車に子供を乗せ、ギシギシと、電動自転車の購入を思案しながら、公園へ向かう。

そして近所のお母さん、お父さんたちに軽く会釈をし、子供の遊んでいる姿を横目にベンチへ座り、再びモンストを始め、ちっとも子供と遊んでやらない。

そんな父親が多いのではないだろうか。

あかぬ。

それではあかぬ。

私の場合は違う。

私は身長も低いので、子供の目線になることは上記、駄目な父親と比較して、圧倒的に有利、故に得意である。

私の場合は、子供の目線どころか、子供。

子供そのものになる事ができる。

それは過去、私が子供というものを経験し、堪能し、反芻し、この身体にしっかりと覚えさせたからである。

酒を煽り、その忘れたい記憶と一緒に誤クリックして、中途半端な子供時代の記憶も消してしまった、上記のような駄目な父親とは一線を画すのだ。

そんな私は、娘と公園に出掛けた。

私はモンストなんてやらぬし、このスリムなボデーでシュッと嫁の自転車に跨り、子供を乗せ、ビャーンと公園へ向かった。エネルギーとエレクトロニクスな私に電動自転車などいらぬわ。そう呟いて。

公園に着くと、私はすでに子供になっている。

近所のお母さん、お父さんたちに軽く会釈をした後、私はキエァァァァぇぇぇ!!と奇声をあげ、砂場にいる子供達を威嚇し、砂場を占拠する。

私は砂遊びが大好きだからだ。

そして、持参したバケツに水を汲み、砂をペンペンと固め始める。

娘に滑り台で遊ぼと誘われても、そんなものは無視だ。

なぜなら今、私は子供だからだ。

 

私は固めた砂を一心不乱に彫刻する。

頭の中で交響曲が鳴り響き、私はそのタクトを振る指揮者のように、砂を削り続けた。

 

 

 

 

カラスが鳴き始める。

夕日に照らされ、私の作品は完成した。

 

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私の感情をそのまま模写したようなこの作品を見てドン引きした近所のお母さんが、私に無視されて泣いていた娘を連れて帰ってくれたらしく、嫁から電話がかかってきた。

 

 

私は電話に出たくない。

怒られるからだ。

 

私は静かに自転車にまたがった。

 

家に向かってギシギシと自転車を漕ぎ出した私を、もう一人の私が笑っていた。

 

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自制心の利かない子供のような私を笑っていた。

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